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September 04, 2012

写真の何を信じるか

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GRDigitalⅣ

週末にAYPCの合宿がありました。
この秋の展示に向けた合宿で、写真を撮り歩くわけではなく、
展示における各自の写真のセレクト、展示方法について意見を交わすのが目的です。

当然、飲み会もあります。
(※15人の参加者で、ワインが10本+αが消費されました。健全です。)

本日のタイトル、「写真の何を信じるか」
これは、1日目の夜の会でメンバーから出た質問の

「写真の何を信じているの?」

という言葉がきっかけです。

その時、うまく答えられなかった気がします。
だから少しばかり引っかかっています。

ブレスト的に適当に、思いついたことを書きます。
自分の中でも整理できるかなと。

***

写真の何を信じているか、
を考える時(若しくは話す時でもいいのですけど)
説明に使ういろいろな言葉の定義が曖昧なことに気がつきました。

写真を趣味にしている人はもちろん、仕事にしている人においても、
すべての人の中で認識にずれがあると思います。
おそらく、正解は無いので、整合が取れることはないとも思います。

***

少しばかり落ち着いて考えてみると、

「写真何を信じているか」

という質問に、今の自分にとって思うところがあるとすれば、

「写真で何かを表現できる」

ということでしょうか。

写真を言葉のように綴り、
見た人を動かす(英語のmoveの意味に近いかなと思うので動かすと書いておきます。)ことが
出来るのではないかと思っています。

***

写真を撮り続けることで、何かが変わるのかというと、変わらないのかもしれませんし、変わるのかもしれないし。

個人的に言えば、「何か」という意味で言えば、「何か」は変わったのだと思います。

このご時世、
今のカメラを使えば、写真は誰にでも撮れますし、キレイな写真もいくらでも撮ることができます。
写真について、いろいろな本は売っていますし、学校もありますし、写真を趣味にしている人は身の回りにたくさんいます。
写真を始めて、一枚の素晴らしい写真を完成させるのは、ホンノわずかな時間で可能です。

写真は個人での作業がほとんどですが、
撮った写真を携えて人と関わるきっかけにすれば、多くの人と会話が出来ます。
世界が広がります。うまくいけば、有名な写真家の方ともお話が出来ます。

写真で食べていくことを考えたりすると、
そこに要する時間は、一枚の素晴らしい写真を作る時間の短さにに反して
恐ろしく長い時間がかかるものと思います。
いろいろな方と話していて感じていますが、時間をかけたところで、思うような着地点にたどり着けるとは限らないようです。
また、写真家の先生の指導を受けたからと言って、必ず素晴らしい写真が撮れるなんてことはないです。
それと、写真家の先生の笠(力)をお借りするようなことをしたところで、後々、必ず、行き詰るのだろうと思います。
自分の表現は自分で見つけるものだと思います。付け焼刃はすぐに剥がれます。話していてすぐにわかる。
でもまあ、世界は広がるのだと思います。

ただ、世界が広がるいうのは、
写真だから可能というわけではなくて、他の趣味でも仕事でも同じだと思います。
例えば、絵でも、歌でも、楽器でも、すべて世界が広がるきっかけになり得ます。
もちろん、そのすべてが自分自身にいろいろな変化を与えてくれるんだと思います。
何かひとつのことに時間を裂くことができれば、世界は広がります。それは間違いない。
できれば、仕事以外のことの方がいいんでしょうね。
必ず世界は広がるんだと思います。

***

なんだか脱線気味ですが、思いついたことを書きました。
みなさんは、写真の何を信じていますか?

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