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March 09, 2015

写真展

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総じて、写真は何をどうしてもいいし、どんな写真も素晴らしいと思っています。
以下は最近の私見。
また、そのうち変わるかもしれませんが、徒然なるままに。

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今や写真は誰にでも撮れるものといって過言ではないと思います。
でも、撮ったその写真を誰かに見せるとなると話が大きく変わります。

友人、知人はもちろん、家族に対しても、自分の写真を見せるというのは意外と勇気がいるもの。
かくいう自分も、最初から写真をたくさんの方に見ていただきたいなどと思っていたわけではなく
すこしずつ、すこしずつ、やっていった結果が今に至ります。
今や、チャンスがあればぜひ写真を多くの方に見てもらいたいという奇特な体質になりました。

写真はアートだとか、芸術だとか、よく言われます。
少なくとも写真を撮る人が、その位置づけを明確にする必要は無いと感じています。
そういう仕事は専門家(キュレーター、批評家のみなさま)に任せるべきではないでしょうか。
専門家の人たちが理解しやすいように作品解説やCV作成に力を入れるのは、どうなんだろうと最近感じています。
専門家の方が無名の写真家をゼロからフォローしてたたき上げたなんて話は聞いたことがないし、
落ち着いて周りを見渡すと、専門家の方は結局、ある程度力のある人しか相手にしていないと思います。
本当に力のある写真家さんには、専門家の方から言葉や知恵を絞り出すことになっているようです。
自分もそうですが、悪い人もいるようなので、気をつけないといけないと感じています。

少し話がそれました。

さて写真ですが、個人的には「表現手段」の一つになり得ると考えています。
写真を通して「自己を表現すること」が可能ではないかということです。
そんなの当たり前でしょう、アンタ、と思われて当然ですが、
「自己」を表現している写真というのは思った以上に少ないと思います。
美しい写真はたくさんあります。それを楽しむのも写真の楽しみ方の一つ。
でも、撮っている人の生活、視点、息遣いが伝わるような写真ってあまりない。
本屋さんに行けば教科書らしきものはたくさんありますし、色々な教室もある。
それに倣うと結構いい写真が撮れますが、誰でも撮れるような写真では、撮っても見ていても何か物足りない。
かといって、写真が生まれてからこれまでで、撮っていないものを探したり、
他にない奇抜な視点を追い求めるのはエネルギーがいります。
理屈をつけて興味のないテーマで写真を撮っても、息が続くわけがない。

また、数枚の写真では、自己を表現することはかなり難しい。
この世の中には、同じような写真を撮っている人はたくさんいるわけです。
ただ、不思議なのですが、10枚、20枚と写真が集まると、その人がどんな人か、何かぼんやり見えてきます。
それらの写真をうまく構成することで、ようやくすこしばかりの自己を表現できるのではないかと考えます。
セレクト、配置、順番、構成、サイズ等々・・・想いを巡らして完成させるのが写真展であって、
机上でパラパラと写真を見るのとは少し意味が違って来ると思います。
特に個展では、表層のテーマはもちろん、写真家の自己表現が感じられるかが重要だと感じています。

(続く)

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