150502 術後9日目
朝からJさんが賑やかだ。
Jさんは昨日の午後、半月板損傷の手術を受けた。
明け方、5時くらいに目をさますとJさんのベッドの方からカーテンが開く音が聞こえた。
看護師さんを呼んだのかと思ったが、そうではなく、
傍にあった車イスを押しながら病室を出て行った。
ちょっと驚いたが、半月板の手術は痛みが少ないのかもしれない。
しばらくすると、巡回していた看護師さんが異変に気付き駆けつける。
やはり、Jさんはまだ歩いてはいけなかったようだ。
術後のヒザを再手術するようになってしまって一番困るのはJさんですよと、
若い看護師さんから諭されている。おっしゃる通りだ。
実はJさん、昨晩の消灯後にせんべいらしきものをボリボリと食べていた。
消灯後の真っ暗な病室にせんべいを食べる音が30分以上響き渡った。
なぜせんべいと分かるかというと、
香ばしい醤油の香りが自分のベッドまで漂ってきたためだ。
Jさんは全身麻酔が解けてすぐにせんべいを一袋食べてしまった。
全身麻酔は身体の機能をすべて止めてしまう。
麻酔が解けてすぐに身体の臓器がフルパワーで活動できるわけではない。
自分などは麻酔が効きすぎて、
次の日まで完全に麻酔の副作用でグロッキーだった。
そんなわけだから、せんべいのような固形物を
麻酔直後に食べるのはとんでもない暴挙だ。
看護師さんとの会話をよく聞いていると、
Jさんは気分が悪くて戻しそうだと言っている。
あれだけせんべいを食べれば仕方ないのだけれど、
看護師さんはせんべい完食の事実を知らないので、親身に対応している。
自業自得とはいえ、麻酔後の気分の悪さという点については同情したい。
それにしてもいろいろな患者さんがいるものだ。
朝一の看護師の回診で、午後からリハビリという連絡をもらう。
しかし、昼を過ぎても一向に沙汰がなく、本当にやるのか不安になってきた。
14時。ようやくリハビリの先生がこられた。靴を両足、持ってきて欲しいと言う。
やはり歩くらしい。両足に履き物を履くのは何日ぶりだろう。
車イス生活では、右足を地面につけてはいけないので
左足にだけスリッパを履いているスタイルだった。
入院するときに履いてきた靴をビニールに入れてヒザに置く。
車イスを走らせて2Fのリハビリ室へ向かった。
車イスでエレベーターに乗るのはこのときが初めてだった。
車イスだとかなりスペースを取ってしまう。
ただ、病院だけあってか、同乗している皆さんはとても親切だった。
ドアの開のボタンを押し続けてくれたり、
何階か聞いてくれたりと気遣っていただいた。
世の中、捨てたものじゃない。
リハビリはマッサージから始まった。
ヒザ周りの筋肉を中心に、足の付け根から足先まで入念に揉みほぐされた。
装具の形で固まっていたヒザがあっという間にほぐれていく。
診察台の上に足を乗せると真っ直ぐに伸びた。
足を伸ばして、ヒザのお皿を動かすトレーニングをする。
意識したことはなかったけれども、足の曲げ伸ばしの際、
ヒザのお皿はヒザの動きに合わせて上下に動いている。
特に、歩くにあたっては、ヒザのお皿を上に持ち上げる筋力を
回復しないといけないそうだ。
左足のヒザのお皿は力を入れるとクックッと動く。
右ヒザでも同じように力を入れてみるが、何も動かない。
それにヒザ自体が腫れ上がっているので、
お皿が動いていてもその動きが表面に出てこない。
右ヒザのお皿を動かすべく、地味にトレーニングをしていると
家人がやってきた。
あまりに地味なトレーニングなので、内容を説明する。
二人で右ヒザをじっと見つめるけれども、やはり動きは表面に出てこない。
30分以上、地味なリハビリを続けたところ、
ようやく、少しお皿が動き出した。
1時間以上過ぎていたし、今日はこれで終わりかと思ったら、
ヒザの装具をキツくはめて、靴を履いてくださいと言われる。
ヒザの装具をしているので、右足に靴を履かせるのに難儀したが、
両足に靴を履き車イスに座る。
車イスを押され、リハビリ室の中央にある平行棒のところへ連れて行かれる。
棒につかまって両足で立ってくださいとのこと。
平行棒の高さは腰の高さにセットされている。
10日近く、片足しか床についていなかったので、右足をつけること自体、恐怖を感じる。
右足の裏を床に触れさせ、徐々に体重を乗せる。
マッサージのおかげで余計な力が抜けたので、想像していたよりも違和感はない。
棒に捕まりながら、歩いてみる。
片足を引きずるような形。久しぶりの2足歩行。
手術直後、本当に歩けるようになるのか疑ったけれども、歩くことができた。
平行棒に捕まりながら何度も往復する。
手から徐々に力を抜き、平行棒から手を離す。歩ける。
平行棒から離れ、リハビリ室の中をゆっくり歩く。
そんな様子を家人が見て自分のことのように喜んでくれた。
とても嬉しかった。
リハビリの先生曰く、今日で車イスは卒業とのこと。
ここ数日で車イスの取り回しもかなり上手くなってきたのだけれど、
こればかりは仕方ない。
それにしても、歩けるとはいえ、実際は足を引きずりながらのヨチヨチ歩き。
それにヒザの疼痛はまだ続いている。
ヒザのお皿の動きが悪いというのも気になる。
回復までの道のりはかなり長そうだ。