150426 術後3日目
トイレに行きたくなり目が覚める。
車イスが自分のベッドのそばになかったのでナースコールのボタンを押す。
同室の人に迷惑がかかるがこればかりは仕方がない。
朝5時。
窓から入る光はまだ弱く、
廊下側にある自分のベッド周りを照らし出すには十分ではない。
仄暗く静かな日曜日の早朝。
国道467号を通る車も少ないようだ。
街中だからかもしれないが、鳥のさえずりもほとんど聞こえない。
外が静かなことが、早朝の病棟の静けさを更に際立たせている。
ベッドから車イス、車イスからトイレなどの移動をトランスファーという。
これが安定して出来るようになると車イスを使って一人で移動できる。
あまり気にしたことがなかったが、車イスにも種類がある。
足のケガをした患者のため、足を置く台がついたものがあるのだ。
ベッドの縁に腰掛け、痛めていない左足をつく。
車イスのひじ掛けを掴みながら距離を詰め、身体を反転させ車イスに座る。
座ったあと、装具のついた右足を台の上に乗せる。
昨日の朝はバランスを取るのすら危うかったが、
何度かやっているうちにコツが掴めてきた。
入院している3Fの病棟は整形外科の患者がほとんどだ。
比較的若い人が多い。皆、同じグレーの装具をどちらかの足にしている。
中には高校生くらいの子もいる。
前十字靭帯の再建後、スポーツをできるようになるまでに
10ヶ月程度のリハビリが必要だと言われている。
仮に部活動に入っている学生が手術をした場合、
復帰できる時期は来年の2月の終わりということになる。
若い頃の10ヶ月は相当な期間だ。
決断するまでにはいろいろな葛藤があったことだろう。
看護師の話によると、前十字靭帯の再建手術は
長期の入院が必要になるため、
夏休みや年末年始休みなどの長期休暇に合わせて入院する人が多いらしい。
今年のGWに限っては珍しく空いているとのこと。
自分の病室は4人部屋で、自分以外にもう一人。
20代半ばくらいの男性で、フットサルの最中に左ヒザの前十字靭帯を痛めたそうだ。
病院の近所に実家があるようで、母上が毎日来てああだこうだと賑やかに話をしている。
言葉のやり取りから推し量ると、元気のよさそうな若者だ。
自分よりも1週間くらい手術が早かったようで、
既に一人で車イスに乗りあちこち動き回っている。
暫くすればあんなふうになれると思うと少し希望が持てる。
それにしても日曜日の病院は静かだ。
病院自体が休みで外来や回診がないからかもしれない。
少しばかり看護師さんが張り切っているようにも見える。
それと、外も比較的静かなのかもしれない。
昨日まで聞こえていた選挙カーの声がパタリと止んだからか。
ベッド脇のサイドボードに目を向けると
自分で持ち込んだ本や差し入れの本が山積みになっている。
手術が終わったら本でも読んでゆっくりしようと思っていたし、
すぐにでもそうできると思っていたが、まだ本を読む気にはなれない。
仕方ないのでぼんやりと天井を眺める。
部屋の中に4つある室内灯の位置が4つのベットの真上にないこと、
仕切り用のカーテンのカーテンレールに余ったフックが多いことなど
どうでもいいことが気になってしまう。
10時半頃、家人が来てくれた。
4人部屋なので大きな声で話はできないが、来てくれるだけで本当に嬉しい。
昨日のお茶席の話や、仕事のことなど他愛のない話をした。
昼になり、自分は病院食、家人は売店のおにぎりを食べた。
人が一緒の食事はいいものだ。
家人が自分の顔色を見て、
だいぶ落ち着いてきたように見えると言ってくれた。
言われるまで気がつかなかったが、
悪寒と熱が下がってきたので、身体は徐々に楽になっている。
昼過ぎ、病室にもう一人患者が増えた。
今日入院するということは明日手術予定なのだろう。
30代半ばくらいの男性で奥さんもいらっしゃっていた。
入院した日は特にすることがない。
持ち込んだ荷物の整理や手術の予定などを楽しそうに話している。
自分も手術前は手術そのものをものすごく心配していたが、
蓋を開けてみると手術は無意識のうちに終わってしまった。
術後から数日経ち、痛みや体調不良、これからのリハビリなどを考えると、
ヒザ回復の勝負は、実は手術後の方が重要なのかもしれない。
なんにしても、一緒に頑張る同士が増えたのは心強い。
15時。今日からシャワーができることになった。
脱衣所で車イスに座りながら服を脱ぐ。
右足を曲げることができないので服を脱ぐのも簡単にはいかない。
左足から先にズボンを脱ぎ、
右足を伸ばしたまま手を使ってズボンを抜き取る。
身体が硬いから全ての所作がしんどい。
右足の装具を取り外し、プラスチック製の風呂用のものをつける。
透明のフィルムで傷口は保護されているので水の影響はない。
縫合された傷口とヒザ全体の赤黒い腫れが相変わらず生々しい。
準備ができたら脱衣所から浴室までは車イスで移動。
滑りやすく危険なので、看護師の介助がつく。
車イスから洗い場のイスへトランスファーし、右足を台の上に乗せる。
右足を伸ばしたままなので、
足の筋肉は張るけれども、3日ぶりにさっぱりした。
浴室から脱衣所まで看護師の介助をしてもらう。
車イスに座りながらなんとか着替えを済ませる。
通常のシャワーの3倍近い時間がかかった。
入院前に髪を短くしておいたので
髪を乾かさなくて済んだのがせめてもの救いだ。
車イスの生活になり、気がついたことがある。
周りの世界の人々が、ものすごい早いスピードで動いていること。
それと、足を止めている人が深く考え、悩み、努力していること。
視点が変わると見えてくる世界が全く違う。
今回の入院生活それ自体も、自分の人生で貴重な経験になるだろう。