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January 15, 2017

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大前提として、写真には色々な楽しみ方がある。
だから本当にどうでもいい戯言なんだけど、ずっと気になっていたので、備忘録的な雑文。

撮りたいという衝動。
持っているカメラのコントロール。
仕上がった写真。

解き放たれた衝動が、
その対象を、真っ直ぐに、軸がぶれることなく、串刺しにしている写真に心打たれる。

どこかで見た写真を撮ろうとか。
こうしたらキレイだとか。
カメラがどうとか。
光をつかまえなきゃいけないだとか。
挙げ句の果てに、撮った写真を売ろうだとか。

こういう気持ちが入ると、最初に心に湧き上がった衝動はぶれて解き放たれる。
そして、つまらない写真が出来上がる。
だから響いてこない。
プロもアマチュアも全く関係なく、共通して言えることだと思う。

***

昔、文字を書くこと、文書を書くことは特別なことだった。
だから皆、一生懸命、文字を練習し、文書を書くことを練習した。
書道が確立したし、文学も生まれた。
文書によって、神話や過去の偉大な権力者が書き記された。
そして、まだ見たことのない場所やおとぎ話、怪談などが綴られた。
近代や現代の文学は、市井の人々の日々の生活を素材として、その機微を語るようになった。

写真も然り。
写真を撮ることは特別なことだった。
ようやく誰でも写真が撮れるようになった。
写真が表現として定着するにはどうしたらいいのか。
一人の誰かが答えを出せる簡単な話ではない。
写真を撮る人が真摯に、写真を撮るということを考えつづけて、
100年、200年過ぎた頃にようやく何か見えてくるものなんだと思っている。
だから、気を急いて写真に取り組んでいる人にはどうも疲れてしまう。
そんなすぐに結果なんか出るものではないんだから。
本当に写真が好きならば、
もっとストレートに自身の衝動を写真に写しこむ努力をすべきだ。

***

自戒の念を込めて。

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