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January 17, 2017

展示について

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写真の展示というのはなかなか難しい。
大きくすればいいものではないし、たくさん並べればいいものでもない。
写真自体の面白さはもちろん、出力する紙の種類。
写真の大きさと空間とのバランスも大事だし、照明の設定も考えないといけないし。

自分の直近の個展は2015年3月の写真展。
ただ、同じ年の2015年10月に横浜で色々な先生からレビューを受ける機会があった。
写真はレビューを受けた際の自分の写真の展示状況。

メンバーの中には、細江英公先生がいらした。
その時にいただいたコメントを録音し、文字に起こしていたのを思い出し、見返した。
文字を追うと、細江先生の視線と声をしっかり思い出す。
あれはあれでかなり勇気が必要だったけれども、よい経験だった。
以下、もしご興味があれば。

***

※細江 英公(写真家・清里フォトアートミュージアム館長)
写真一枚一枚にかなりおもしろいものもあるし。
まったく見てもしょうがないものもある。
こういう見せ方も一つの見せ方であると思う。
本当に面白いかどうか。
本人が見て感動して、涙が出るくらい面白ければなら続けるべき。
やってみてそうでもないなら、やらないほうがよい。
余分な部分がありすぎるか。
これも一つの表現だとは思う。
この表現の仕方が、あなたの考える的確な何か、心を打つ、驚きを与えるとか、
世界というものはこういうものなんだという思想的な背景となっているかだと思う。
見るほうが見ると、ああ、おもしろそうなのもあるけど、なんかつまんないなと終わっちゃう。
見るほうは親切じゃない。思っているほど好意的ではない。
場所がこれだけあれば、もっといろんなことできると思う人もいる。
こんなにたくさんあれば 5点で最高にいいものでやればいいのではと言う人もいる。
これも一つの表現であるとは思うが、必ずしも成功しているとは言い切れない。
来年、再来年、何100枚かを同じものを人に委ねてやってみるのも表現かもしれない。
あなたはどう並べるか、見る人とのコミュニケーションが成り立つかもしれない。
面白くない、と通り過ぎる人が10人中5人以上いたら見せるほうはたまらないよね。
どんな風にお感じになるかを見る人に聞いてみるといい。
テープレコーダーに録音しておく。
見せる、見せられるという関係について
何かイベントを作ってみるというのも展覧会の表現の仕方かもしれない。
この展示を100%肯定する、100%否定するというわけではない。
ここから始まるということにしたらいい。
もう少し一つ一つの作品をおもしろく。
一つ一つが大傑作。
もったいない、この一枚を飾ればいいのにと思わせるくらいのものを作って欲しい。
この実験はあなたにとってとても大事なこと。
みる人には多少迷惑を与えているけど。
一つ一つ見る必要があるものなのかなと思わせる工夫を。
でも作家はかなり自己本位的なところがあるものだからやりたければこれをやればいい。
そのうちにまたやったかと見てくれない人が増えるとさみしいでしょう。
格闘をしながらやれる場を与えてくれたことを喜んでほしい。
この中にこれはと思うものにピンを打ってもらうなど、見る人との会話を作り出すような展示。
見る人たちの側に立ってみること。
イベントとして、ハプニングとして面白みのある方法を考えるとこのような展示が更に活きるような気がします。

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