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May 06, 2017

ルーツ

170505
家人の曾祖母が富山の生まれだったそうで、
つい先日、義父と義母がそのルーツを辿ったとのこと。
幕末から明治のあたり、家人の曾祖母の家は大きな染物屋さんで
庭に神通川の水を引き込んだりするかなり大きな家だったそうだ。
祖母の年齢から遡ると、
曾祖母は1800年代の後半に富山で生活していたと思われる。
仔細は割愛するけれども、その道中での体験談は感動的なもの。
その話を自分の実家でしていると、
うちの遠い祖先は富山の出身だと言われる。
確かに昔、そんな話を聞いた気がしていたけど、
すっかり勘違いしていた。
新潟出身じゃなかった。
どうやら、富山の武士の三男坊とのこと。
富山藩士だった三男坊は、江戸に遣わされ働いていたらしい。
実家の古い墓石にも、江戸幕府云々という字が刻まれていたから、
先祖にそんな人がいることはなんとなく知ってはいた。
で、ちょうど幕末あたり、どんな経緯かはわからないのだけど、
神奈川県平塚市の実家のある地域で寺子屋を作ることになり、
その三男坊が江戸から師範として招かれ、地縁となったのだそうだ。
その寺子屋が自分の通った小学校の前身となっている。
大方の話は聞いたことがあったが、
父がどこかから「先祖之書」という古い文書を引っ張り出してきた。
「先祖之書」というのは、武士が士官する際に持たされた
現在でいう履歴書のようなものらしい。
ただ、どの程度の精度のものなのかは分からない。
読める字を見ると、桓武天皇だとか、葛原親王だとか見える。。。
書いてあるとおり、葛原親王の28代末裔だとしても、相当薄まっているはず。
書く必要なさそうだけども、書くと書かないとでは、
士官するにあたり、それなりに何か違ったのかもしれない。
実家にはその三男坊が、富山の本家とやり取りした手紙が多数残っている。
ただ、あまりに達筆すぎて読めない。
そして話は戻るのだけど、
もしかしたら、うちの先祖の一族と、家人の先祖の一族は
富山のどこかで接点があったかもしれない。
うちの先祖の手紙にあった住所を現在の地図で探してみる。
家人の曾祖母の住所と見比べる。
どうも、二つの家は2キロ程度しか離れていなかったようだ。
二つの家の間には富山城がある。
城下町で両家の先祖が行き交わしていたとしたらなんだか不思議だ。
なんとかして、もう少し調べたい。。。
字が読めない。。。
そんなこどもの日。

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