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February 01, 2022

ジャック・デリダ『絵画における真理 上』

ジャック・デリダ『絵画における真理 上』

(叢書・ウニベルシタス 590) 高橋允昭、阿部宏慈訳 法政大学出版局 1997年12月

p.88 "カントは学問的な死語を援用する必要があることについて、他の個所で見解を表明している。〔パレルゴンという〕ギリシャ語は、ここで、この作品-外(ルビ:オル-ドゥーブル)〔hors-d'œuvre〕という観念に、ほとんど概念的な品位を授けている。とはいえ、この作品-外は単に作品の外にとどまっているのではなく、傍らで、作品(ergon)の間近で働きかけてもいるのである。辞書は、たいてい、「作品-外(ルビ:オル-ドゥーブル)」という訳語を挙げている。これがいちばん厳密な訳だが、このほかにも、「付随的な(ルビ:アクセスワール)、無縁な(ルビ:エトランジェ)、二次的なもの(ルビ:スゴンデール オブジェ)」、「補足物(ルビ:シュプレマン)」、「枝葉(ルビ:ア・コテ)」、「余り物(ルビ:レスト)」といった訳語が示されている。主題が、自己自身からはずれることによって、そうなってはならないもの―パレルゴンとはそういうものなのである。"

p.89 "パレルゴンというものは、エルゴン〔=作品〕の、なされた仕事の、なされたもの、作品の間近(ルビ:コントル)に〔contre(それに逆らって)〕、それの傍らに、それからはみ出たところに到来する。にもかかわらず、それは見当違いに逸れているのではなく、或る何らかの外部から、働き(ルビ:オペラシオン)の内部に触れ、それに協働する。それは単に外側にあるものでもなく、単に内側にあるものでもない。あたかも縁(ルビ:へり)で〔au bord〕、縁(ルビ:ふち)で〔à bord〕、人びとが受け入れざるをえない或る種の付属品(ルビ:アクセスワール)のように。パレルゴンは、まずはじめに〔d'abord(縁(ルビ:ふち)のところからして)〕、縁(ルビ:ふち)のところにあるもの〔l'à-bord〕なのである。"

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